モームの『お菓子とビール』は傑作ですよ!
- 作者: モーム,行方昭夫
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2011/07/16
- メディア: 文庫
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しかし、本書の本当の魅力は、巨匠として描かれている作家ドリッフィールドの最初の妻、ロウジーの人物造形だろう。粗野だが天性の魅力をもち、周りの男に惜しみなく愛を与えてしまう、つまりは尻軽なのだが、それが太陽が平等に陽を与えるように、自然になされるのである。彼女も実際にモデルがいたようで、訳者に拠れば、モームが唯一本当に愛した女性ではなかったかとのことだ。モームは本書で、自身のみっともないところまで描きながら、彼女の魅力を筆の力で描写しようとする。そこにはいつもの皮肉っぽさは時としてなく、いわゆる「ベタな」描写で、自ら苦笑してみせる程だ。しかし、本書の最後はこのロウジーの一言で終るのだが、これは何ともモームらしくて、ピシッと決まっているではないか。さすがモーム、作家である。
とにかく中身の詰まった、モームにしか書けない類の、傑作である。彼自身、いちばん気に入った作品だったようだ。モームは自分で、己は一・五流の作家だと書いているところがあったと思うが、本書を読んでみると、自己評価がどうやら低すぎたようだ。それから、行方氏の翻訳も、いつも通りモームの面白さ、すごさをよく伝えるものになっていると思う。